本能で感じる迫力!ヘビー級の常識を覆したスピード!史上最高のヘビー級ボクサー

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ヘビー級の概念を根底から変えた男!【マイク・タイソン】

タイソンはヘビー級としては一回り小さな体を生かしミドル級のいや、ミドル級を超越したスピードを誇り、ピーカブ―スタイル(両方の拳をあごから外さず、いないいないばあをするような見た目からこの名前がついた)を身に着け、名伯楽カス・ダマトと二人三脚でヘビー級の王者への階段をものすごいスピードで駆け上がっていく事になる。

いじめられていた幼少期、可愛がっていた鳩を・・

タイソンはかの有名なブルックリン地区そして最悪なゲットーと呼ばれていた場所で育つ。

ご存知の方も多いだろうが、幼少期のタイソンは内向的で厚いレンズの眼鏡をかけている様な大人しい少年であったため、いじめの対象にもなっていた。だが、可愛がっていた鳩を不良グループに殺され我を忘れ殴り倒した時に自分の拳に宿る可能性を認識した。

12歳までに51回逮捕

そこからタイソンは荒れに荒れ、12歳までに51回の逮捕歴がある。自分の武器に気付き、生活していた場所や家族環境も手伝ってか、(タイソンの父はタイソンが2歳の時に蒸発している)歯止めが効かなくなったのだろう。

そんな中、タイソンは何回も入退院を繰り返している少年院の教官にボクシングを教わっていた。そこで運命の出会いをするのである。名伯楽・カス・ダマトその人だ。

少年院内でボクシングをしているタイソン少年の才能に驚愕したダマトはタイソンの身元引受人になり、ボクシングを教える事になる。そしてなんと!

ジュニアオリンピックのタイトルを獲得

類稀な才能はすぐに花開く。13歳でのアマチュア初戦を皮切りに、トントン拍子でステップアップ、なんとジュニアオリンピックのタイトルも獲得してしまうのである。その後オリンピックを目指し、順調に勝ち上がるが決勝でダウンを奪いながらの判定負け。オリンピックへの出場はならなかった。それでもアマチュアで圧倒的な戦績を残し、いよいよプロデビュー。

全盛期のタイソンのトレーニング&KOシーンが凄すぎる!次のページで紹介してます!

ダマトの死を乗り越え・・

破竹の連勝街道をひた走るタイソン。が・・・そんな折、ダマトが病床に。そして1985年、タイソンが11連勝を飾った後、息をひきとる。タイソンは「ダマトの教えは俺の中に残っている」と、その後もダマトの側近的トレーナーだったケビンルーニーや、後援者だったビル・ケイトン、ジム。ジェイコブスらと一丸となって戦い続け、29戦目にWBCの世界王者に、その翌年にはWBC、またその翌年にはIBFのチャンピオンに。3団体を果たす。ダマトの遺志を継ぎ、作り上げたボクシングで成し遂げた。素晴らしいサクセスストーリーである。そして・・鍛えあげられた全盛期のタイソンの姿がエグイ・・。

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