メジャーの奇跡。ノーヒットノーランも達成の隻腕の大投手!

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メジャーリーグ・奇跡の隻腕 ジム・アボット

先天的に右の手首から先が不自由。

通常なら日常生活にも支障をきたす程の障害を諸ともせず、ベースボールの最高峰・メジャーリーグでノーヒットノーランまで達成したアボットの半生を追ってみた。

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【ジム・アボット】

1988年、カリフォルニアエンジェルスに入団、引退まで4球団を渡り歩き、ニューヨークヤンキースの先発として登板した1993年9月4日にはなんと、ノーヒットノーランまでもを達成。

当時、小学生だった私は衛星放送(我が家はいち早く衛星放送を設置していたw)で彼の投球を見ながら、もちろん単純に「すげ~」という思いと、子供ながら「大変だったろうな~」という思いが入り混ざりながら、見ていた記憶があります。

幼少期。誹謗中傷や、いじめを受けていた事もある。

実際、幼少、年少期のアボットはいわれの無い誹謗中傷や、いじめを受けていたそうですが、彼の両親は好きな事をやりなさいと勧め、アボット少年が選んだのが野球だった。

彼と普通にキャッチボールを始めた父親には感服します。そうしているうちに野球に夢中になり、生まれ持った運動神経の良さや、身体能力でチームの中でも特別な存在になるにつれ、そちらに注目が移り、イジメや誹謗中傷は無くなっていく。

エースピッチャーであり、クウォーターバック

すると高校では野球でエースピッチャーであり、又、同時にアメリカンフットボールではクウォーターバックを務め、州の大会で優勝しているのです。

二つの競技を同時に行うのはアメリカの定石であるとはいえ、身体的にも、運動能力的にも恵まれていたのでしょう。才能はプロの球団にも注目させるようになり、1989にカルフォルニアエンゼルスに入団。

出典:wikipedia

1年目からメジャーで活躍

入団後、マイナーリーグでの経験無しでメジャーリーグでの投球を披露して行く事となる。1年目の成績は12勝12敗だ。これは立派な数字。もしかしたら、球団側には観客動員を見込んでアボットを登板させていた意向もあるかもしれない・・(私見です)

もしかしたらアボットもそれを感じていたかもしれない・・。しかしその中で「12勝」したのである。日本プロ野球でもそうですが、1年目に10勝以上できる投手は1握り。ましてやメジャーリーグである。

アボットは自らの実力で勝ち星を積み上げた。そして2年目、3年目も2ケタ勝利をあげ、順調にメジャーでのキャリアを積んでいき、5年目を迎えた1993年大偉業を達成することになる。

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