昭和、プロ野球。助っ人外国人列伝その1「ウォーレン・クロマティ」

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昭和の助っ人外国人選手の中でもダントツの知名度!!

確かな実力と明るいキャラクターでおなじみ

【懐かしい、現役当時のクロマティ―】

出典:twitter

昭和49年(1974年)マイアミ・デイド短大からモントリオール・エクスポズに入団。四年目あたりからレギュラーに定着。少し意外だが、当時は盗塁の数もそこそこ残しており、日本での【強打者】のイメージよりは【三拍子そろった】バランスの取れた外野手といった捉えられ方をしていたように推測される。

ビックマネーに惹かれて!?

通算成績もそこそこ残し、エクスポズで選手生活を送っていたが、昭和58年(1983年)巨人からのアプローチを受け、日本プロ野球、読売巨人軍への移籍を決断する。

しかし、メジャーリーグでもそれなりに活躍していたクロマティが何故?・・と思われる方も多いのではないでしょうか?その答えがこちらw

出典:youtube
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最近になってクロマティは移籍の理由を「Bigマネ~ね~」と語っているwわかりやすい!

抜群の打撃センスで大活躍!

Bigマネーをつかみ取るべく!?w移籍初年度からクロマティは活躍。1年目は打率こそ.280だったものの、35本塁打・93打点と見事日本野球に対応してみせ、

2年目打率.309本塁打32本打点112!三年目も打率.363本塁打37打点98と目覚ましい活躍をみせる。

昭和の助っ人外人に求められていたのは総じて【パワフルなバッティング】。元々の打撃センスに加えて【打つ】事に集中できた相乗効果もあり、一気に打棒が爆発したのであろう。Bigマネーもつかみ取ったはずであるw

そしてその打棒は留まることを知らず・・とんでもない出来事を引き起こすのである

現在も日本記録・幻の4割打者

そして昭和64年(1989年)クロマティは開幕当初からヒットを量産。96試合目まで打率4割をキープ。

その時すでに当時の規定打席数(403)に到達しており、そこで出場をやめ、シーズンを終えていたら、日本プロ野球どころか、史上初の4割打者が生まれていたことになる。

数々の懐かしい&現役のヒットメーカーが日本プロ野球の歴史に燦然と名を連ねるが、後にも先にも規定打席到達時、4割を超えていたのは2017年現在においてもクロマティのみである。

みんなで一緒に!!バンザイコール!

そして実力もさることながら、持ち前の明るいキャラクターで巨人ファン、そして日本プロ野球ファンのハートを鷲掴みにしていくのである。まずはおなじみの「バンザイコール」である。

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サヨナラ勝ちを収めたり、優勝を決めた時など、おめでたい時には日本の文化「バンザイ」コール。アメリカ人が日本の文化を真似てくれるってなんかうれしいですよね。

クロマティはそのあたり、人としてのセンスも抜群ですよね。

【バンザイコール】

出典:youtube

こんなんされたら、一気にファンになってしまいます!(長島さんの解説も懐かしい!)。もはや日本のプロ野球選手以上に日本に溶け込んだクロマティ。このバンザイに留まる事無く、数々の伝説を残していくのである・・。

今頭に思い浮かぶものだけでも・・エピソードがありすぎる!!プロ野球の助っ人外人史に燦然と輝くクロマティ伝説は・・シリーズ化してお届けします!!

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